早く気づいて・早く逃げて

DVモラハラからの脱出の経緯について書いています。

もう2年まだ2年

急転直下の離婚成立から丸2年

よかったこと

カラダの調子

内分泌系の持病は治らない、一生薬を飲み続けると言われていたのだけれども、血液検査をするたびに数値がどんどんよくなって、そのうち薬もなくなるでしょうと医師に言われた。

肩こりも頭痛も腰痛もない。過酷な環境なのに、体調がよくなってきているというのは、その前がどんなにか酷い環境だったからなのだろう。

ココロの調子

どんどん解放されて楽になってる。色々と気づきを得て、意識的に解放に努めているけれども、それよりも「嫌なことは嫌」「好きなことは楽しい」と天然自然に過ごせることが、こんなにもココロの平安に大きいとは、それまでどれだけ〝抑圧〟されてきたのかと沁み沁み思う。

開き直り 

見栄もなく世間体もなくは元からだけれど、「とにかく暮らしてゆければいいさ~~」で開き直れて楽になった。ココロの安定にもつながるけど、今までどれだけ固定観念に縛られてきたかと思う。

イマイチなこと悔しいこと

経済的な苦しさ

脱出→逃亡→遠距離引っ越しを繰り返して、おカネも随分と使った。ずっとカツカツの生活が続いているのはつらい。

まだ落ち着けない

安定した仕事を得て、経済的な安定を図れるところまで行ってない。自転車操業というか、何とかかんとかがむしゃらに生きてるだけで、常に不安定で不安が付きまとってる。遠距離引っ越しを繰り返してるから仕方がないけど、もっと早く落ち着けるつもりだった。 生活エンジョイが殆どできてなくてくやしい。

人間らしい生活がしたい

断捨離といえば聞こえはいいけれど、殆ど家財道具の無いところから生活を始め、未だまともな家財道具の無い、キャンプみたいな生活をしている。もっとまともな生活をしたいな、家財道具が欲しいな、と思う。 

 

※ 思い描いていた生活には未だ未だ程遠いけど、「焦ってるのかな」と思う。抑圧の後遺症で完璧主義になってるから、自分へのダメ出しが厳しいのかな。いずれ思い描いていた生活をするのだから、そんなに焦らないで地道に築き上げて行きたい。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

石を投げるとモラ夫に当たる

嘘だろ、おい【その1】

友人がモラ夫だった

騙された話し

モラ夫から逃げる時も、現状を理解してくれて、励ましてくれた友人がいた。遠方なので、なかなか会えなかったけど、二次被害ヤロウどもを全てブッちぎった後も、連絡は取り続けていた。

 

その遠方まで引っ越してきて、「やっと会えるね」と話していた矢先に、共通の友人と結婚したと聞き、それは良かったと双方のために喜んだ。

 

ところが、その結婚相手の様子がおかしい。SNSで今までのような〝ふるまい〟が観られない気がしたのだ。ショートメッセージでも様子がおかしいので、とにかく会うことにした。

 

仕事だと嘘をついて抜け出して来たと言う。「SNSもメールも全て監視されている」と聞いて驚いた。物凄い過干渉と説教で、息をつくひまもないらしい。

 

お母さまを施設に預かって頂いた彼女の家にモラ夫が転がり込んで来ているので、彼女には逃げ場がない。

時間も限られていて、その日は話しを聞くので精一杯だった。

 

「モラ夫に自覚が無い」というのは真実だと、今さらながら改めて認識した。二次被害ヤロウが多いなか、私の件では、ずっと理解して、同情してくれていた本人だったのだ。ショックで暫くボーっとしてしまった。

自分のやっていることが、どんなに酷いことなのか、ひとは批判できても、認識は無いらしい。

 

ケッコンして同居してから豹変したのも、外ヅラが物凄く良いのも、同じだった。彼女は〝私ならわかってくれる〟と話す気になったらしい。〝誰も信じてくれなさそう〟という気持ちも凄くよく判った。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

ご無沙汰ご免なさい

どえらい休んでしまいました

相変わらずの波瀾万丈

実生活のアップダウンが激しくて

ブログどころではない日々を送っていました。実際に時間がなかった、体力がなかったというのもあります。

 

最も大きな原因は、

・いつもPCで書いていたこと

・スマフォで書く準備をしてなかったこと

・PCを開く時間が取れないと、必然的にブログを書けなかったこと

・完璧主義が邪魔をして、きちんと書かなきゃプレッシャーに負けてたこと

・同じ理由だと思うのだけれど、とにかくスロースターターなこと

などなどだったと思います。

 

今日は一大決心をして、「内容はともあれ、とにかく書くこと」と思って書き始めました。スマフォでも書けるように準備してから2週間もかかってしまったという・・・・(汗)

 

このスロースターターについては、本当に困っているので、同じようなことに悩んでる方々の意見や体験談を伺いたいです。

 

ブログねたは本当にもういっぱいあるんです。きちんとでなくていいから書きたいです。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

もう出て行きたかったんだな

掘り起こした記録から

記憶がぶっ飛んでいるので
逃亡半年も前のつぶやきから


わたいはお義母さんに写真を全部捨てられた件と
父の葬儀の件が引っかかってて、とても優しくなれないですね。


幼少期のアルバム以外全部を失なったことについて、DVモラハラ加害者はずっと証拠が無いの一点張りだし、
父の葬儀にはDVモラハラ加害者の親も兄弟も香典どころか弔電も寄越さなかったのに、
ヤバいとも思わず、自分で立て替えて出しておくこともせず、
母や弟に詫びの言葉ひとつ思い浮かんでないところが終わってると思いました。


更に東京の義父母さんたちはお金がいっぱいあるのに、葬儀から四十九日から毎度毎度の義理掛けを、「○○○○」(DVモラハラ加害者)の名前で出してるのに、
ゼンブ私のなけなしの貯金と稼ぎから捻出してるんで(数十万ですね)、
私の実家の者たちがどういう感情を抱いているか、考えもしないところが終わってますね。


わたい悩み過ぎて壊れてました。
出て行ける先があれば出て行ったと思います。

20151101
<早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

しょっちゅう会社を馘になっていたモラ夫

トラウマによる解離だと思うのだけれど
暴力の記憶が飛んでいて

古い記録が掘り出されたので書いておく

どうやら文書で「厳重注意」されたらしい

モラ夫*1は会社で嫌なことがあったらしく、ため息ばかりついている*2。〝イエ〟に仕事のことを持ち込むのはヘタレだと思うのだが、どういうものだろう・・・

根掘り葉掘り聞いてやったほうがいいのか・・*3

どうせ話しにはならないし自業自得

モラ夫は鈍いので、私が眠れないほど悩んでいても、理解できない。

理解できるよう話そうとしても、頭が固いので、「違う違う」と反論ばかりで、相手の立場に立ってモノを考えることができない。
そんなようでは会社でも齟齬をきたすだろうと思ってはいて、今回もまたそんなことだろう。

わかるように粘り強く話していくと、しまいには逆ギレして暴力になる*4ので、この頃はもう諦めている。

会社でもそういうことなら自業自得と思うのだが、本人は受け入れられないだろう。*5

嘘八百で飾り立てた自分語り

それまでに幾つ会社を辞めたのか(辞めされられたのか)は知らない。〝パワハラ〟だとか様々な話しを聞かされたが、今では眉唾ものだと思っている。同居していた前妻の息子からも聞いた。「また会社を馘になった、金の切れ目が縁の切れ目」で前妻が出て行った話しと、「どこに行っても同じことを繰り返して、しまいにはアル中の廃人になるのではないか」と前妻が心配しているという話しを。

※ 註: 現に、私が〝逃亡・脱出〟してから、件の〝文書で厳重注意〟した会社を辞めている(と、SNSに書いているらしいが突然すぎるので、やはり馘だろうと推察している)。

20151101

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

*1:モラ夫=DVモラハラ夫の略:Twitterお仲間さんで用いている。

*2:これ見よがしの〝構ってちゃん〟風が嫌らしい。何かあるなら口で言え、と思う。

*3:聞いて逆ギレされても困るし、言葉を濁すばかりだったが、これ見よがしに机に文書が置いてあった。

「厳重注意」の内容は、待機時にネットに夢中になり、業務を疎かにしたらしい。〝文書〟になる前に、再三に渡って注意されていたと思うのだが・・

相も変わらず「自分は悪くない」「相手が悪い」根性だから、反省もせずに心証を悪くしたのではないだろうか。

*4:2015年11月1日の記録:手帖にも日記にも、ましてや自分の記憶にも残っていなかった。既に始まっていたのだと、今さらながら新鮮な驚き。

*5:案の定、SNSに世迷言を書いて、心配した知人から連絡が来た。今回、思いがけず掘り出せた記録は、その連絡だったのだ。

最後の正念場

えらいことブログをお休みしている間

リアル空間で闘ってた

逃亡・脱出のきっかけになった事件から2年も経つのに
DVモラハラの後遺症は、まだ続いている

これが最後の正念場だと思う。

具体的なことは、あまり書けないけれども、どんな後遺症が残っているのか、それは精神的なことでも肉体的なことでもなく、経済的なことや生活に直結する物理的なことで、どのように闘ってきて、どのように闘い抜いているのか、少しずつ書いてゆければと思う。

最後の扉は殊の外、重かった

 もう目の前に見えているのに、これで「逃亡・脱出」は完了するのに、なかなかしんどい状況だった。「ここさえ乗り切れれば」と踏ん張ってきた。この闘いを、まとめて書こうとすると、ずいぶん長くなってしまうことに気づき、こうして少しずつ記してゆこうと考えた。物理的にも、記していられる環境ではなかった。キャンプか避難所のような生活だったのだ。

お世話になりっぱなしで

様々なかたがたの世話になり、今もお世話になっている。「こんなにお他人さまにお世話になってもいいものだろうか」と、これまでの人生では考えられなかったことだった。「ひとさまにご迷惑をおかけしてはいけません」と、ずっと教育されてきたからだ。一昨年の行政・法曹関係者・支援団体に始まり、今も友人・知人・ネットお仲間さん・行政のかたがたの支えて生きている。

友のはなむけ

シェルター→ステップハウス→レオパレスと、長かった逃亡・脱出の生活も、最終段階にある。特に移動距離が、350kmと250kmと、殊の外、長かった。もっと遠距離を逃亡なさるかたもいらっしゃるとは思うけれど。

「これでホップ・ステップ・ジャンプが終わります」と言ったら友人が言った。

「脱出じゃないヨ 」「カムバックおめでとう!」嬉しかった。


やっと錨を下ろす。やっと落ち着いた生活を取り戻す。やっと暫定ではない、安住の地を得る。

本当に何も無い生活だけれども、生活は大変だけれども、心は晴れ晴れとしている。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

人生が急転直下で

お詫び

ブログ更新の頻度が下がりそうなの

しっちゃかめっちゃかww

生活の立て直しに励んでいる。特に物理面で、いわゆる「巻きが入って」きて、やることだらけになってしまった。これだけ巻きが入れば、あっという間に片づくと思うのだが、というより片づけなくっちゃならないので、しばらくブログ更新の頻度が落ちそうです。ごめんなさいm(_ _)m

 

心理面でも、トラウマ克服も勿論のこととして、自覚することや、短所として気をつけることが色々見えてきた。生活ベースに殊の外影響するので、見切り発車は怖いけど、ぼちぼちいくっきゃない感じ。

 

週一更新くらいはしたい。書くネタはまだまだいっぱいある。お仲間さんとの話しで、次々に発見されたこともある。

年末年始に書き溜めようかと思ってたんだけど、年末年始が最も佳境になってしまいそう。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

経済DVの後遺症は

経済DVと生活制限

生活制限も立派なDV

  • 食事制限
  • 入浴制限
  • 洗濯制限

などなど、生活に関わる行動を制限されることを言います。これは虐待です。例えば、

・キッチンで自分の食事を作っていると怒鳴り込んでくる

・入浴していると、洗面所のドアをガンガン蹴りまくる*1

・洗濯をすると、電気代・水道代についてネチネチ文句をつける置き手紙を、毎日のように置いてゆく

・医療費や生活費について、細かくネチネチ言う置き手紙が常にある

DV加害者本人は「節約」の御旗を立て、当然のように要求してきました。内実はずいぶん悲惨なものでしたが、加害者本人は〝想像力〟や〝共感力〟が皆無に近かったせいか、「どれだけ酷いことをしているか」全く意識に無いようでした。

元々、日用品も合わせて月4万の、生活費の財布も、そのうち渡してくれなくなりました。頼むと、

・恩着せがましく厭味ったらしく屈辱的なことを言いながら渡す

・置いてもないのに、いつもの場所に置いてあると嘘をつき、「そんな意地悪なんかしないよ」とうそぶく

・要るものを言っても、財布を渡さず、安物スーパーで粗悪品を買ってきて、「我がまま」「ゼイタク」「金がかかって困る」と言いつつ出す

そんな生活で、要求すらしなくなりました。

怒鳴られなくても怖くなって

・食事は、作れなくなりました。居ないときでもダメでした。そのころ何を食べていたか余り思い出せませんが、コンビニのおにぎりとゆで卵がメインだったように思います。脱出用のお金をキープしたいなかで、毎日の掛かりがとてもつらかった記憶があります。確かビタミンBとC剤で保たせていたように思います。

・お風呂は、湯船に入れなくなりました。居ないときにシャワーを使うのが精いっぱいでした。それも毎日は無理でした。浴室に水滴が残っていたり、換気扇を回していたりすると、しっかり気づくからです。普段はバカなのに、もろに監視体制でした。

・洗濯は、居ないときを見計らって、こっそりやりました。洗濯をしたのに気づくと、加害者は、夜中に聞こえよがしに怒鳴ってました。水道代だの電気代だの我がままだのゼイタクだのの、例のパターンです。嫌だったけど、とにかくやり過ごしました。

そのころは、なるべく仕事を遅くまでし、最寄りまで帰ってきてもコンビニ等で時間をつぶし、とにかく酔っ払って寝静まるまで待って、帰宅しました。帰宅する際も、外から窓を見上げ、明かりが点いてないのを確認してから、そっと帰ります。朝も自室にこもり、加害者が出掛けるまで、お手洗いにも行かないようにして、顔を合わせるのを避けました。どんな言い掛かりを付けられて、怒鳴られるか、暴力を振るわれるか、わからないからです。

栄養不良は精神を蝕むので

体調不良になるだけでなく

ロクなものを食べていないので、体重はどんどん落ちてゆきました。元々、経済DVのころから、大抵みな喰われてしまい、栄養不良ではあったと思うのですが*2、完全に栄養失調に近くなりました。温かいもの、緑の野菜が食べたくて仕方なかったです。お金を使いたくなかったけれど、意を決してタンメンを食べた日は、ありがたくて嬉しくて泣けました。

頭は働かず、肌も髪もボロボロで、胃腸の調子も悪く、冷え性が酷くなり、関節痛にも悩まされました。あとはよく覚えていませんが、よくまともに生きていたものと思います。時たまの外食で補充していたとはいえ、よく仕事に行けていたなと後で思いました。

栄養不良は鬱を呼ぶ

非常事態なので仕方は無いのですが、滅入ってしまって、滅入ってしまって、参りました。先のことを考えようにも、不安ばかりが先立ち、絶望的な気分にしかなれないのです。何を見ても泣けて泣けて仕方なかったときを過ぎて、そのうち泣けもしなくなりました。焦りだけを抱えてぼんやりしていたように思います。動けなくなるのだけは困ると、気力だけで保たせていました。頭も働かなくなるわけです。栄養不良は、からだだけでなく、脳にも多大な影響を与えます。眠れない食べられないと、簡単に鬱になるのはそのせいです。ストレスは脳を非常に疲れさせるので、眠れないとどんどん疲労が蓄積してゆきます。同じように、栄養が足りないと、脳も働きません。どんどん、どんどん、機能低下してゆくだけでしょう。

あのまま経済DVと生活制限を受け続けていたら、何もまともに考えられなくなり、生ける屍=廃人になって、動けなくなっていたことでしょう。

加害者はここまでの酷い影響など、まるで考えてはいませんが、こうした虐待で鬱に追い込まれ、さらに逃げられなくなって、日々罵倒を浴びせかけられてる被害者も、多数存在するに違いありません。

針のむしろの2か月

3月初旬に暴力を受け、いっぺん逃亡してからお金がなくなって戻り、3月下旬に加害者がまた自己愛憤怒で暴れ(録音にある)、何を言ってもムダだと諦めました。それからは一切の関わりを持たぬよう努めましたが、そのせいで酷いDVがどんどんエスカレートしていったのだと思います。相手にしないのが気に食わなかったのでしょう。もう暴力を振るわれるのも、暴れられるのも、怒鳴られるのも、何もかも嫌でした。下手に出るのも、おべっかを使うのも無理でした。顔を見ると血の気が引いて、震えがくるような状態でした。

その3月上旬から、本当に逃亡できた5月初旬までの約2か月間、年度末・年度初めでもあり、仕事も最も忙しい時期でした。様々な支援を求めて走り回ったり、知人や友人や医療関係者に助けてもらった4月は、本当に地獄のようでした。「一刻も早く逃げろ」というカウンセラーさんと警察のかたの後押しで、取るもの取りあえず、やっと逃げ出せたのがゴールデン・ウィークの直前でした。

 <早く気づいて・早く逃げて>
#早く気づいて・早く逃げて #DV #モラハラ #DV加害者 #DV被害者 #DV啓発 #トラウマ克服

*1:嫌だったので鍵をかけていました。その頃は本当に何をされるか皆目わからなかったので。

*2:様々な体調不良の原因は、後になって判った。