早く気づいて・早く逃げて

DVモラハラからの脱出の経緯について書いています。

金がないのではない - 根性が貧乏

DVモラハラあるある第二弾⑪

月の生活費4万円*1

 食費ではない。トイレットペーパーも洗剤も何もかも含めて月4万円=週1万円*2。しかも、大人2人に高校生の息子。朝のパンとコーヒーはマスト。もちろん米代も含まれている。さらに、高校生と合わせて2人分のお弁当も込み込みでコレ。

再三に渡って訴えた。DVヤロウの返事は、いつも同じ。「これまでこれでやってきた。」

  • 息子が中学生のときは、昼食は給食で、お弁当は持って行っていなかった
  • 同じく、DVヤロウも昼食は自分の小遣いから外食していた
  • 息子は、育ち盛り・食べ盛りで、食事の分量も米の消費量も半端ない
  • 同じく、図体ばかりデカイDVヤロウも、高校生並みに食べる
  • 野菜料理だけだと、憮然として「蛋白質は?」とねめつける
  • 昼食が給食の中学生と外食の大人1人の「2人」から、その「2人の弁当」が必要になり、さらに、私が増えて「3人」*3になっている

理路整然ロリコンコンと、上記の理由を述べて「無理だ」と訴えても変わらずそのまま。家計の財布から足が出ると、強烈な嫌味と「主婦失格」「浪費家」の烙印を押す。*4

どうやって凌いでいたか・・

我ながら壮絶だったと、今は思う。

  • 食事は全て手づくりはもちろんのこと
  • 実家から色々な食品を送ってくれるのを、ありがたく利用*5
  • 産直で旬の安い野菜を仕入れて、常備菜づくり
  • 保存食も手づくり
  • 同じく、産直でとれぴちの魚介を仕入れて、ウロコ落としから内臓抜きまで全て自分でやり、皮も骨も無駄にしなかった
  • 塩辛や干物まで手づくり
  • 遠い市場まで安い肉を仕入れに行き、1kg単位で購入*6

料理は好きだったからいいけど、何であんなにまで必死だったのかな。「主婦失格」って言われるのが嫌だったのかな。バカだったなあ、いま思えば。*7

※ これだけやっても、そんなもん「当然」で、驚きも感謝もしてなかったな*8。DVヤロウは口先だけで「感謝してるじゃないか」って押し付けてきたけど。

破廉恥なレベルの貧乏根性

「安物買いの銭失ない」の最たるもので、「よいものを買って大事に長く使う」ほうが、長い目で見て経済的、というような観念は持てないようだった。いくら口を酸っぱくして説明してもダメで、目先の安さしか考えられない。サル並みの朝三暮四だった*9。安物ばかり溢れて、壊れていくような惨めな生活が、本当に嫌だった。「これで一流商社マンの家庭に育ったの?」と疑いたくなるほど、生活の質が貧乏だった。

月に、額面で30万円以上お給料をもらっていて、マンションの割賦も月3万円なのに、いったい何に遣っていたんだろう。
優先順位のつけられない脳みそで、大事なことと、そうでないことの切り分けが下手で、何もかもごっちゃになり易かったから、サル並みの見通しで、家計がよほど下手くそだったのだろうか。
本人は「予算化」とか「Excel」が好きで、”見た目”は家計を立派にコントロールしているように見せていた。「前妻が家計が下手で浪費家だった」と散々悪口を言っていて、「自分でないと、きちんとした節約の家計ができない」と、自慢していた。
それとも、「勝訴した」と言っていたのは嘘で、前妻に慰謝料を払っていたか、実はやはり隠れた借金があったのだろうか。*10

お金が無いのが嫌だったんじゃない。

創意工夫次第で、幾らでも心豊かな生活はおくれる。

そういう文化レベルの低い、貧乏な根性が、
身震いするほど嫌だった。

<早く気づいて・早く逃げて>
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*1:どうやって生活してたか、今では殆ど覚えていない。栄養失調になっていたと、このごろになって気づいた。

*2:異様なモラハラ管理で、全て家計簿に付けた。1円単位でチェックされた。「そんな暇あったら稼いで来い」と今なら言える。

*3:結局、奴の脳みそでは、私は数に入ってなかったんだな。

*4:それでいて、

  • 自分の電車のおもちゃは嬉々として購入
  • マンガも異なる発売曜日のものを毎日購入。「家計が苦しいならマンガ止めたら?」と言ったら、「マンガ止めさせられた・マンガ止めさせられた」と、ずっと言い続けた。さらに、週に1冊しか買ってなかったと「脳内変換」。
  • 毎日サケ飲んで晩酌。量も半端なし。さらに、休刊日なしでアル中まっしぐら。

    *5:DVヤロウは「当然」くらいしか思ってなかったな。お礼も言わなかった。

    *6:そういや、交通費は私持ちだった。

    *7:それで、自分の分まで、み~んな食べられちゃって、栄養不良だったんだから、始末に負えないや。

    どうにも堪らなくて、病院の帰りとか、友だちに会ったときとか、なるべくご馳走を食べて、バランスを取ってた。無意識に自分を守ってたんだな。

    最初から「小遣いはやれない」って宣言されてたので、「自分の病院代くらいは稼がねば」と、働いてたからよかったけど、本物の専業主婦で、100%管理されてたら、重い病気になってたかもしれないね。

    とはいえ、(たぶんストレスで)様々な病気と不調を抱え、体調のよいときはなかったけど。

    *8:お金はかけられなかったけど、材料は新鮮だったし、料亭並みの献立だったので、旨いものは食べられただろうと思う。それが「当然」の生活してて、いま何たべて生きてるんだろうなあ。どうせ冷凍食品と中国産の安い出来合い製品ばかりだろう。本当の貧しさというのは、そういうことだ。

    *9:このあたりで、脳の異常に気づくべきだったな。 

    *10:結局、最後まで、給与の内訳と、家計の内容は、一切明かしてはもらえなかった。これで夫婦とは聞いて呆れる。